「心が折れる」人って、道を歩いていて「どぶに落ちる」人に近い by内田樹センセイ

リハビリ勤務中の食卓事情の改善のために、友人と労力の交換(お互いの不得意作業をお互いの得意なことで補う合う)をした経験から、金銭を介さない価値交換をもっと他にも応用できないかなと考え中。←今回の本題とは関係ありません(笑)

ある人とのメールのやりとりの中で『贈与経済』というキーワードが出てきたので、以前読んだ評価と贈与の経済学 (徳間ポケット) 内田樹 (著), 岡田斗司夫 FREEex (著) を再読していたら、こんなことが書いてあった。

内田 ぼくの場合、自分の気持ちはまっすぐ身体とリンクしてるんですよ。なにかが嫌だって感じるのは、頭で考えて判断してるんじゃなくて、身体が反応しているんです。身体が嫌がる。理由は簡単で、そういう嫌な状況を我慢し続けていると、生物としての生命力が下がってくるから。

内田 身体は惰性が強いから。「曲がれ」って言われても、急には曲がれない。だから、身体中心だと「心が折れるかも」っていう予感があったら、折れないような方向にのろのろと進路は変更する。そういう進路変更は結構手前から、無意識に行っているんだと思う。道を歩いているときに、どぶに落ちないように歩き方を調整するのとおなじで。別につねに「どぶに落ちないように」を意識してないでしょう。おしゃべりしてても、物思いにふけっていても、ちゃんと道のあるところを歩く。
「心が折れる」人って、道を歩いていて「どぶに落ちる」人に近いんだと思う。そっちに行ったら危ないよという身体的なシグナルが感知できてないんじゃないかな

はい!そのつもりはないのに、道を歩いていて「どぶに落ちる」人です!

いや、リアルにどぶには落ちないけど。
フタの開いてる側溝はうちの近所にはないし(実家の近所は、口の開いたどぶだらけで超危険)
そういうことじゃなくて。

しかも、身体(潜在意識)はそこがどぶだと分かっていて嫌がっているのに、頭(顕在意識)は「大丈夫だ!そこはどぶじゃない!!むしろパラダイス!!!」とムリヤリ身体の行きたい方向を捻じ曲げて見事にどぶに落ちる。

ええ~、ここってどぶだったっけ!?
パラダイスだと思ってたのが間違ってたの??

いやいや、そんなハズはない。

「身体的なシグナルが感知できてない」以前に、身体的なシグナルを無視する。
信用してない。
頭で考えることこそが至高だと思ってる。

それでとうとう、「ふざけんな!!もうオマエ(頭)の言うことなんか聞くか~~~!!!」と反乱した身体は、鉛のように重くなり、何も考えられないくらいの眠気で抵抗してきた。

そこからどうにかちょっと動けるようになって、頭がまたやりたくないのに「〇〇やらなくちゃ~」と身体に指令を出そうとすると、ビクン!と手足がつっぱって、全身で「やりたくない」拒否反応を示してきた。

しっかり目が覚めててもジャーキング(※)。
ベッドで眠りに落ちかけたときも、ひどい時は全身バタバタ、頭をブンブン左右に振って、陸に上がったマグロか狐つきみたいな状態。

(ㅎωㅎ*)ウトウト⇒>゜lll)))彡バタバタ⇒( ゚д゚)ハッ!⇒(ㅎωㅎ*)ウトウト⇒>゜lll)))彡バタバタ⇒( ゚д゚)ハッ!⇒・・・。
それを何度も繰り返して、疲れ果ててやっと寝入る日も。

ジャーキング | 大人の病気・症状 – 町医者の家庭の医学

それからあっという間に1年半近くが過ぎ・・・
なんとか日によっては日中ずっと起きていられたりするようになったので、
「背に腹は変えられないわけで、ちょっとがんばって会社に行ってみよ?ね?」と
体を説得して、リハビリ勤務を始めてみるも、またしても身体の反乱を引き起こした。

ほぼなくなってた寝入りのジャーキングも再発してたけど、「そりゃ疲れるよね~。でも通ってたら体力ついて大丈夫になるよ」とムリヤリ身体を説得してた。

でもそんな小手先の騙しはもう通用しなかった。

「そこはどぶだって、何度言ったら分かるんじゃ、ボケェ~~~(#゚Д゚) ゴルァ!!」って身体は言ってると思う。

強硬手段に出られるまで身体の声が聞けないって末期症状だよね。

自分の身体のシグナルを感知できるようになるために、子供たちと一緒に本気ボルダリングやんなきゃな~。
下手すると命に関わるくらいの経験(体の使い方)を通して、自分の体との対話するのが一番手っ取り早い気がするんだよね。
(できることなら、内田センセイの道場に通いたいくらいだ)

で、自分の体のへっぽこぶりを知って、労わろうと思います。

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