競うのやめたら楽になった

6月末に退社して、7月に旦那が帰国して、
一人で背負ってたでっかい荷物をたくさんおろして、だいぶ精神的に楽になってきた。

旦那が海外単身赴任中、一時帰国で帰ってきてもここまでは楽にはならなかった。

「たまに日本に帰ってきたときぐらい、楽させろよ」
という旦那の態度に、
こっちはずっと一人で仕事も家事も育児もやってて、休みなんかないのに、ふざけんな!!
と終始、(心の中で)怒ってた。
たまに口から出てたこともあった。

「あなたのキャリアの邪魔はしないから」
という旦那の言葉をありがたがって、単身赴任で行ってもらったが、言うは易し行うは難しで、就学前後の子供二人抱えて、一人でフルタイムの仕事を続けるのは、結局2年でギブアップ。

そうまでして仕事を続けたかったのは、競ってたからだ。
競争から降りたくなかったからだ。

と、今なら分かる。

受験、就職試験、会社に入ってからも成果主義による評価。

ずっと競争社会に身を置いて、いつの間にか周りの人間を全員、蹴落とすべき「敵」とみなしてた。

会社では、一緒にお昼を食堂で食べてた同期達は、旧帝大や海外大学の院卒。
学歴は関係ないかもしれないけど、それなりの大学に入学&卒業するくらいだから、地頭はいいだろうしね。
二度の産休&育休をとってヒラ社員のまんまの私を尻目に、ドンドン昇進して管理職になっていく同期達。
同期どころか、後輩たちにもどんどん抜かれていく。

シングルマザー生活の苦しさから抜け出したくて、もっと勤務時間に裁量がある管理職を目指して、変ながんばりを始めた頃から、もっともっと苦しくなった。

残業しない中で質は高くないけど、時間当たりのアウトプットの量は多かった方だと思う。
が、それだけじゃ、「すばらしい」という評価はもらえなかった。
ずっと「よくがんばりました」止まり。

惨めだったなぁ。

自分の生活が苦しいのは、両立制度を充実させない会社のせい。
牛丼屋みたいなフレーズで商売っ気にばかり精を出す経営陣のせい。
マネジメント能力のない上司のせい。
御用組合と化してる組合のせい。
口では「(一人で子育てして)大変だよね」って言ってくれるけど、具体的には何も助けてくれない同僚たちやその他の社員のせい。

って、「被害者」意識の塊。

誰かから差し出された手も、崖っぷちの自分を奈落に突き落とす手に見えてたんだろうな。
極度の受け取り下手。

全部、自分でやらなくちゃ。
全部、自分でやらなくちゃ。

人間、やってできないことはない。
できないのは、自分の努力が足らないから。
自分より昇進してる人たちは、自分にできてないことができてる人なんだから、できるようにならなくちゃ。
「やってください」ってお願いすることは、「できません。負けました」って宣言することだ。

誰かに頼って、それは自分ではできないって認めたら「負け」だと思ってた。
負けるってことは勝てないってことだと思ってた。

退社して、成果主義のランク付け競争や旦那との年収競争から降りて、
旦那に野生に戻りつつあった(笑)庭の草刈りしてもらったり、
子供達をプールに連れて行ってもらったり、
自分じゃできなかったことを色々やってもらって、

日々、旦那や子供たちと、
「◯◯やってくれたんだね、ありがとう」
「あ、いいよ。それ大変でしょ。やっとくよ」
「ありがとう」
って、できることとできないことの交換と感謝の言葉を贈り合ってる。

以前なら、旦那に何かしてもらっても機嫌が悪くなったもんだ。
機嫌が悪くなる理由が自分でも分からなかったけど、今なら「負けた」気分になってたんだなって分かる。

これからは旦那に食わせてもらわなきゃいけないわけで、年収競争では完全に降参をせざるを得ず、
勝敗や競争への執着がなくなったら、自分のできないことへの強烈な劣等コンプレックスが減ったかな。

「できないこと」は「できないこと」としてそのまま受け止めて、克服すべき憎きものという感覚ではなくなった。
(あ、本心から「できるようになったらいいなぁ」と思うもの/ことは別だけど)

「しなくちゃいけないこと」じゃなくて、「できること」「したいこと」だけしてていいんだって分かってきた。

そんなこんなで、「何が何でもやらなくちゃ」と思えば思うほどできなかった自炊だけど、
特に気負うこともなく、気づいたら、3日連続でやってました。
えらいな、自分。

なんか生きるの苦しいなぁ〜って感じてる人は、自分が一体何と競ってるのか?を考えてみたら、いいかもしんない。

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